記憶達 「脱線」

記憶

「脱線」

 小学校5年と6年生の時に、ごくたまに、先生が「脱線します」と言って教科書を置きました。脱線の時間とは、教科書にはない、先生が子供の時に、親の駄菓子屋の実家を兄妹でお菓子を食べまくって潰した話や、過去にしていた動物解剖の話などがとても好きでした。すごく好きでそれがいつも楽しみでした。何が面白かったのか、とにかく笑ってしょうがなかったです。先生が脱線とその時間を呼んで、しかもいろいろあって教職についたというのも何となく面白かったです。

 ニュージーランドに留学に行く時、父親がメールが来ました。「全部うまくいかないと思うので、まあゆっくり頑張って」。ネガティブな感じではなくて、まあとりあえずやってこうやというトーンでした。まあ確かにいろいろあって、学業自体や寮生活などはうまくいったことが多かったのですが、恋愛とか就活とかはそこまでの時も多くて、ただ何となくあの一言のメールが他の記憶とかに混じって頭に残っていたのは覚えています。

 ポッドキャストを聞いていて耳に入ったのが、災害時とかに政府が住民に対して「何人か死にます。でも、大丈夫にします」というのと「全て問題ありません」と言うので、実際に死者が出てしまった時に、住民は悲しむことは共通していても、そこから立ち直るまでの速度、そして政府に対する信頼感には圧倒的な差が生まれる様です。

 ありがちな話ですけど、そこで就活うまくいかなくて帰国してまたそこでいろいろな人に出会って、仕事辞めて、また違う仕事でもっと色々な人たちに会っていろいろな経験して・・・脱線すること自体は肯定する必要はないけど、脱線してしまう可能性の存在は肯定しておくと便利なこともあるのかなと。



 いろいろある。最悪にも備える。最悪とは自分がしたいことや求めていることの対照的なことが起こること。それが起きた時のことを考えておく。起きたとしても、それを考えていた時と予期していなかった時では大分違うように思えます。脱線することもあるけど、逆にそれをうまく利用してやるぜ、みたいな。でも予期していながらもフラれた時は本当に悲しかったですけどね。その逆を言うとサプライズパーティーとかはやっぱり好きです。いい脱線ですね。あれは。またサプライズパーティーできるようになるといいですね。Fuck you COVID-19。



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